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執筆者の写真川上 信也

パンストックの本 

パンストックの本が完成。

去年、ブックスキューブリックの大井さんからの電話で始まったこの仕事、ようやく完成にいたることができてホッとしている。大井さんの話では、「知り合いのパンストックの撮影だけれど店主の要望でライティングするのではなく自然な雰囲気で撮ってくれる人を探している」ということだった。ということで一番に僕のことが思い当たったということらしい。僕はここ15年の取材ではほぼライティング無しでやってきたし、そのお店の雰囲気を出しながら魅力的に撮るということを心掛けてきた。はっきりいってライティングしたほうが楽だったりするのだが、そうすると広告写真のようなとても美しい写真になる、いやなってしまう。なのでライト無しでどのように撮っていくか、いろいろ工夫を重ねるということがとても面白く、そのほうが風景写真から始まった僕らしい写真になると思ったのだ。このパンストックの撮影の話が来た時も、そのように撮ることになるだろうなと思っていた。

 編集の坂根さん、店主の平山さんと初めての打ち合わせをしたとき、結構大変になりそうだなという予感はしていた。レシピのプロセス写真というのは雰囲気というよりは分かりやすさを求められたりもするので、過去の柴田書店の本を見ていると結構ライティングしまくりという感じなのだ。ただ平山さんは決まりきったレシピ本にはしたくないとのこと。そして打ち合わせの時に「フェルメールの絵のような雰囲気」という言葉が出てきたとき、これは今までのようなレシピ本ではなく、雰囲気や躍動感、はたまた影も重要になってくるのではと思った。しかし果たして僕でいいのだろかという不安もあり、後日パンストックにてテスト撮影をさせていただいた。



 そこで最初に悩んだのは、店内の雰囲気と材料をどのような色合いで表現するか。パンストック箱崎店の厨房は白熱電灯で照らされている。LEDではなく、いわば裸電球の温かみがあり、これがどこか異国のような雰囲気を漂わせている。この温かみと小麦粉や生地の色をどのように表現してゆくか。 見た目は白熱灯の影響でかなり黄色い。しかしこのままだと素材本来の色が分かりにくく、レシピ本には不向きとなる。そこでこの黄色味を比較的弱く表現する設定を探していった。

 僕の愛用カメラはFUJIFILM X-T2。このカメラのクラシッククロームという設定は店内撮影でも比較的黄色味が弱くなり、かつコントラストがやや強く影も出て、色合いは淡く渋く、なんとなくフェルメールの絵の世界観と似てなくもない。なのでこのクラシッククロームを基準に色合いを探していった。まずは白熱灯の下なので色温度を3000Kに設定してみると、これはこのカメラの弱点なのだが、緑、黄色系の色が残ってしまう。なのでホワイトバランスを3100Kに設定してシフトをブルーに+7 レッドに-2にふることでなかなかいい雰囲気が現れてきた。これだと店内の雰囲気、素材の色、どちらも含んだ色合いだ。ここまで導き出すのに一週間かかった。誌面に使われているこのような色。

 なので基本は3100K WBシフトをB+7、R-2に決定。

カメラは小麦粉にまみれるので防塵防滴でなければ使い物にならない。これはレンズもそうで、使用するレンズは防塵防滴タイプの単焦点35mmと50mmの2本に決定。これを肩から下げた2台のカメラに装着しておき、基本は1台で撮影。もう1台はサブの面もあるが、基本的にはレンズと交換電池の置き場となる。カメラを2台使ってしまうとレシピの流れが分からなくなってしまうのだ。


 撮影初日はこの色合いを坂根さん、平山さんに確認していただきながら進めていった。しかしいろいろと課題は見つかるもので、作業は当然のことながら同じ場所で続けるとは限らず、次の瞬間にはまったく別の場所での作業が始まったりする。なのでそのたびに設定を変えなければならないのだ。場所ごとに基本の設定からやや青みを強くしたり、黄色味を加えたりと、厨房だけで設定は4パターンとなった。そして日が昇ってくると自然光も少なからず入ってくるため、入り口の窓を黒いカーテンで覆いながらさらに微調整。加えてミキサーは灯りが設置されていないためどうしても暗くなり、ここだけアンブレラを使ってのライティングとなった。これはしょうがない。

 基本は連写となる。これらの工程は撮影のためにやってもらっているのではなく、すべて本番の作業を撮影させていただいてので、あまりゆっくりできるというわけでもなく、シャッター速度をかせぐため感度を6400に設定し絞りは2.2でほぼ撮影。高感度でもきれいな画質のカメラだからできる。

 早朝5時から、終わるのはだいたい夕方5時くらいだろうか。そういう撮影が月に2回ほど。半年ぐらい続いた。撮影枚数は1回て2000枚をゆうに超え、電池が4本終わったところくらいで終了となる。そして帰ってから選別作業になるのだが、基本的にピントが外れたり同じものを撮影しているものを除いてすべて納品となる。なので1日の撮影で1500枚くらい納品していただろうか。編集の坂根さんは大変だったろうと思うけれど、レシピ本作成の際は多ければ多いほどいいのだそうだ。なので僕も今までにないくらいの枚数を納品していった。すべてRAWで撮影していたのだが、最終的なホワイトバランスや明るさの微調整をカメラ内現像で行い、JPEGに変換して納品。だいたいこれらが半日の作業。

 今回の撮影は本のための撮影と雑誌の連載分の両方だったため頭が混乱することもしばしば。もはやどれがどの撮影だったのかわからない状態になっていたのだが、そこで撮影の順番はとても重要になってくる。1回の撮影で納品する1000枚以上の写真はすべて撮影順になるようにしていた。これは先ほど書いたけれど1台で撮影していた大きな理由。そこから坂根さんが選んでいくということになる。納品した枚数を合計したら2万枚近くになるかも。

撮影も終盤になってくると店内のスナップ写真も多く撮るようになってくる。これはとても楽しい撮影となった。よく話す職人さんもできたし、最初の頃の大変さからやや開放されて楽しい時間となっていった。天神店ができてからは3回ほど撮影させていただいたのだが、こちらは自然光がたくさん入る大きな窓がある。レシピも撮影したけれど、ここは自然光を生かしたまた違った設定となった。誌面ではモノクロのページもある。



撮影は12月に終了。雑誌の連載は2月で終了し、4月に本が完成。

僕が担当したページはすべてクラシッククロームでの撮影なので、わかる方にはわかるかな。なので本の7割ほどはクラシッククロームの色ということになる。本の表紙や完成パンのイメージ撮影は平山さんの知りあいのスタジオカメラマンの方にお願いしている。僕とはまったく違った雰囲気なので、これがいいコントラストになっているのかなあと。

ようやくこの日がきたなという感じであるけれど、コロナの影響で完成の打ち上げもできないし、まあ静かに一人で完成を祝っている、というところだ。

柴田書店 「pain stock 長時間発酵のパンづくり 平山哲生」

        3500円+税 200ページ

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