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  • 川上 信也

今この人を撮りたい!Vol.10


竹内 康訓 (タケウチ ヤスノリ) 写真家

『すたぢおzero』の特徴的な四角い建物が見えてくるにつれ、緑が豊かになってくる。大分市内の住宅地の一角にもかかわらず、道路を挟んで岩田学園校庭の並木が空を覆うように続いているため、『すたぢおzero』にはいつも緑の風が吹き抜けているように感じる。久々に訪れたこの場所の空気はあの頃のままだ。

ここは僕にとって懐かしい場所。

僕がまだくじゅうの法華院温泉山荘のスタッフだった90年代の終わり頃から、休みのたびにここを訪れていた。たった今山から下りてきましたというように45ℓザックを窓際に置いて、用意されたライトボックスの傍らに座り、撮ってきた大量のポジフィルムをザックから取り出して、竹内センセイに一枚一枚見ていただく。うんうんなるほどーと頷きながら様々な写真の話を夢の世界を垣間見るような気持ちで聞いていた。

当時のセンセイはスタジオ業務に加えて大分でのワールドカップ開催に伴う撮影などでとても忙しく動き回っていた。お弟子さんもおられて非常に慌ただしい日常だったにもかかわらず、僕のような何の実績もない山小屋スタッフの撮ってきた写真を熱心に見ていただき、時には一週間ほど寝泊まりさせてもらいながら撮影に連れて行ってくれたりもしたのだ(図々しい!)。とにかく器の大きな方!

竹内センセイと初めてお会いしたのはセンセイが撮影で法華院を訪れたときのこと。山小屋のスタッフよっちゃんが大分芸短時代に『すたぢおzero』をよく訪れていたということで、僕をセンセイに紹介してくれたのだ。そしてその夜、僕が撮りだめていたくじゅうやアジアの写真を見ていただいたのだった(おそるおそる…)。そこでいつでもスタジオに遊びに来なさい言っていただいたのが僕の写真生活、はたまたその先のプロ活動の始まりとなったのかもしれない。僕の撮影意欲はうんと増したのだった。

思えば僕の記念すべき最初の写真の仕事というのはセンセイからのご紹介によるものだった。『すたぢおzero』に通い始めたこの辺りから写真の道がおぼろげながら見えてきたということになる。

その後、僕は法華院を退職し福岡に戻り、そこでプロ活動を開始してからは『すたぢおzero』に行く機会も少なくなってしまったけれど、写真展などの時にお互いの近況を時々報告しながら年月は過ぎていった。

そして2016年に大分市のアートプラザ、および由布院駅アートホールで開催された竹内康訓写真展「内成物語」。

センセイはスタジオワークとは別に、テーマを定めてじっくりふるさと大分の撮影を続けている。この別府の郊外にある棚田を中心とした内成地区の撮影は、もともと大学で学んでいた地理の知識を生かしながら自身の農村体験も踏まえ、2005年から撮影を開始。棚田の四季の風景だけでなく、暮らしている人々の生活の奥にまで踏み込んだ世界を写し出している。僕は何度も繰り返し展示作品を見ながら奥に潜むストーリーを垣間見ながら写真家としてのすごみというのを感じたのだった。

そして新たに取り組んでいるテーマは国東。

今回、久々に『すたぢおzero』を訪れたのはこの国東の作品の数々を見せていただくためだった。かつて僕の写真を見てもらった場所でセンセイの作品を見させていただくという幸せな時間。

文化の通り道、入り口となった国東、入り込むとどんどん入り口が分かりにくくなってゆく国東、今でも謎と不思議に満ちたこの国東の世界へセンセイは独自の方法でアプローチしている。1300年前に開かれた山岳宗教、六郷満山。その霊場183か所以上は今ではもう分からなくなっている場所もあるのだが、その場所を昔の地図で調べなおし、何度も通いながら地元の方々の聞き込みを繰り返し、山中で忘れ去られようとしている仏像を発見しながら撮影していったのだった。まるで刑事のような捜索の日々。要するにセンセイにしか分からない場所も多数存在する。

秘められた世界を写し出す「Another 国東」。膨大な枚数の中からストーリーを紡ぎだし、作品としてまとめてゆく。「ここがプロとアマチュアの大きな違いだろうね」とセンセイの言葉。僕も同感です。

写真を見終わるころには外はもう暗くなりはじめていた。初冬のやや寂しい色の空。ざわざわと木々の葉が揺れる音がする。「ここを開けるといい光が射し込んでくるよ」とスタジオ上方にある小さな窓を開けた。すると寂しい空から発したとは思えない柔らかな光がスタジオに滑り込み、壁を不思議な縞模様に染めあげていた。ここでしばらくセンセイを撮影させていただいた。

僕は作品をお預かりし、福岡に戻りさっそく花乱社の別府氏にお見せした。僕がセンセイに代わってプレゼンなのだ。そしてこれはどうやら出版に向けて動き出しそうな気配。センセイの新たなる視点による国東の世界が広がってゆく。

これからも国東に通いながら、90才までは現役で撮影するよと笑顔で話すセンセイ。

いつまでも僕は見習いたい!

    竹内康訓 写真家

1948年 大分県大分市生まれ

1971年 立正大学文学部地理学科卒業

1977年 (有)すたぢおzero 設立

    フリーランスとして大分でコマーシャルフォト 雑誌等を中心に撮影をはじめる

1984年 第20回APA展九州地区賞

1998年 写真展「水の記憶」アートプラザ 空想の森美術館

2002年 「21世紀に伝えたい 大分の風景」 (大分県発行)

2003年 「Oita Today」出品

2004年 「おおいた花景色」(おおいたインフォメーションハウス)

2006年 「おおいた桜百景」(おおいたインフォメーションハウス)

2013年 「猫のおケツをおっかけ隊」を結成 大分の猫の撮影を始める。

2015年 「おおいた遺産」 (大分合同新聞社発行)

2016年 写真展「内成物語」アートプラザ 由布院駅アートホール

2016年 写真集「内成物語」


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