狹間田 力 (ハサマダ チカラ) 男池のおいちゃん
くじゅう好きの方にはもうお馴染みの方、男池のおいちゃんこと、狹間田力さん。男池原生林を巡ってふらりと「ギャラリー茶屋 おいちゃん家」に立ち寄れば、ついつい長居してしまう名物茶屋。登山帰りの方々、花散策の方々も次々にやって来て、花の情報をおいちゃんから聞いたり報告したり、様々な出会いも生まれながら会話の花も次々と開いてゆく。おいちゃんが奥さんの仁美さんとこのお店を始めて20年ほど、こんな光景がこのお店の日常となっている。
僕とおいちゃんの出会いは、僕が法華院温泉山荘を退職して1年後、「坊がつる山小屋日記」を出版した2003年にまで遡る。完成した本を見ていただこうとお店に持って行ったのだ。僕はそれまでくじゅうで5年働いていたわけだけど、くじゅう山中の山小屋であったため、男池まで行くことは意外にもほとんどなかったのだ。初めてお会いするおいちゃんは本の完成をとても喜んでくれて、すぐにお店に置いてくれてのだった。
そして3年前に再びくじゅうをテーマにした写真集を制作し、昨年はくじゅう白丹という場所に新たなる拠点を設け、しばらく足が遠のいていたくじゅうに再び通い始めていたのだった。そんなある日の夜、白丹体育館で地域のお祭りの準備にお邪魔していた時のこと、「久しぶりだねー」とやって来たのがおいちゃんだった。そう、おいちゃんのほんとのおいちゃん家は白丹にある。ここ白丹から男池まで毎日通っておられるのだ。
久々に男池のお店を訪れ、原生林を歩きながら撮影させていただいた。撮影中もあちこち指さしながら花の話が続く。「誰にも見られないような場所でひっそりと咲いている花を見つけるとね、この花は何百年も僕に見つけられるのを待っていてくれてたのかなあと思ってしまうんだよね。」心から花を愛している方なのだ。
改めて店内を見渡してみると、数々の花々の写真を囲むようにおいちゃんの絵がさりげなく展示されている。写真の腕前のことは知っていたけれど、水彩画、油絵を眺めていると、その個性的なる色彩と構図に、改めておいちゃんは芸術家であるということが分かってくる。水彩画にいたっては明るい基調の中に抽象的な表現、色使いが散りばめられている。そしてそれらの風景が身近な山々と分かってしまう絶妙な筆使いでリズミカルに描かれている。これらの作品が生み出される白丹の自宅アトリエにぜひ訪ねてみたいと思った。
ある夏の日の夕暮れ、おいちゃんに教えられた道をゆく。
アップダウンの激しい森の一本道。「道の先にはうち一軒しかないから大丈夫だよ」との言葉を信じて進んでゆく。奥さんの仁美さんはこの一本道を初めて通ったとき、まるで赤毛のアンの世界に行くような気がしてとてもワクワクしたそうだ。
道の両側には木々が出迎えてくれるように高くそびえ、枝からは巨大なシャンデリアのような葉っぱが垂れ下がっている。ヒグラシの声、カエルの合唱がそれらの葉を揺らしながらこだましている。
しばらく進むと下方に屋根がチラリと見え、そこへと続くカーブを降りてゆくと、一気に視界が開け、おいちゃんが出迎えてくれた。
ここがほんとのおいちゃん家だ。
家は築200年を越えているとのこと。なんと秀吉の時代からご先祖様はこの場所に住んでおられるらしい。
別棟にあるアトリエに案内していただき、40代の頃から始めたという油絵や水彩画の数々を見せていただいた。
創作中の油絵は九重連山が描かれている。おいちゃんはずっと目の前の山々を描き続けている。
「どうやって引き算してゆくか、そしてどうやって崩してゆくのかだねえ」
それは答えのない芸術の深み、まるでずっとサント=ヴィクトワール山を描き続けたセザンヌのような方だ。
時々フクロウの親子がやってくるという木々の合間から満天の星が瞬いている。足元にはサギソウが咲き、夏夜のかすかな風に揺れている。虫の声がいたるところから聞こえてくる。
「いつかルリシャクジョウを見てみたいなあ。」
それは奄美大島に咲く小さな小さな花。その花もおいちゃんに見つけられることを待っているかもしれない。
「ギャラリー茶屋 おいちゃん家」
由布市庄内町阿蘇野2972-7