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川上 信也

濡れ縁のこと


僕の住んでいる家は築50年を超えている。窓枠も所々木枠で風が吹くとガタガタ響き、床はヘンなへこみ方の所に要注意。シロアリ対策も毎年かかせない。そして一軒家なので当然のことながら夏はすごく暑く、冬はものすごく寒い。でも気に入っているのでもう10年以上住んでいる。気に入っている場所の一つが濡れ縁。

軒先にある小さな縁台のようなもので、雨に濡れるから濡れ縁と呼ぶらしい。この家にある濡れ縁もおそらく50年前からのものだろうと思われる。使用されている木は本来の色はとっくに色あせ、白っぽい流木のようになり、表面は木の年輪模様が立体的に浮き出ている。この表面は猫の爪とぎにとても適しているようで、ここ数年で地域猫となった猫たちが何度もガリガリしている場面を見かけた。いろんな猫が爪をといではここで昼寝して去ってゆく。そのおかげでここ数年でかなり傷んでしまったけれど、猫たちはやはりここがとても気持ちいい場所ということがちゃんと分かっているのだ。

猫同様、僕もここがとても気持ちがいい。天気がいい日は濡れ縁にコーヒーを置いて好きな本を読みながら時々庭を眺める(今日は「ハービー山口 雲の上はいつも青空」をじっくり読んだ)。ただ真夏になると蓮の鉢から蚊が大発生するので、今の時季が一番気持ちがいいかもしれない。

先日読んだ宮崎駿監督の本に、今の家には縁側がないからまったく興味を持てないというようなことが書かれていた。縁側と濡れ縁は似たような役割だろうと思うけれど、僕も確かに最近の家には縁側どころか極端に窓が小さくて少ないものが多いなあと思っていた。立地的に庭がないということもあるだろうけれど、僕が古い家に魅力を感じるのは庭と窓、そして縁側や濡れ縁の存在が大きいように思う。

数年前にとある建築会社の家の撮影を頼まれたのだが、その家はまさに窓が小さく庭もなく、そうなると当然縁側もないという家だった。こんな家が最近は好まれるのだろうかと疑問に思っていると、担当者が次のようなことを言った。

「最近の家には窓なんて飾り程度でいいんですよ。空調が進化してますからね。ですからリビングは日の当たらない北側っていうのが最適なんです」

これを聞いて僕は絶対にこんな家には住みたくないと思った(仕事なのでちゃんと撮影しまししたが)。そんな気密化されて日の当たらない家に住むと少なからず精神的に参ってきそうだ。もちろんそんな空間が好きという方もおられるからこういった家が生まれるんだろうけれど、僕は無理だ。

 この頃は玄関を出て濡れ縁に座ると、ハンミョウが数匹やってくる。僕が動くとすぐに飛び立つので静かに眺めながら撮影。何度見ても美しい体をしている。一瞬だけれど飛び立った時に紫色の羽根が見える。さすがにこれをとらえることはできなかった。今度挑戦してみよう。

見上げるとアゲハ蝶がやってきた。アジサイの蕾が見えはじめている。どくだみの葉っぱの合間からアリの行列が見える。ダンゴムシが転がっている。トカゲが顔を見せ、蓮の鉢で生活しているメダカが跳ねる。アシナガハチはどいうわけか何度も往復している。ザクロとシナモンの木も新緑に輝き始めた。となりに住んでいる方の鼻歌と愛犬の声が聞こえてくる。

日々いろいろ大変なことはあるけれど、家と外界をつなげる濡れ縁からの眺めは精神的な救いになる。

このような場所は昔から日本人という精神構造にも大きくかかわってきたのではと思う。


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