榎原 圭太 コーヒートラベラー
コーヒートラベラー
名刺に書かれた彼の肩書だ。何やら心ときめく不思議な響きを伴っている。
オーストラリア、カナダ、アメリカ、ペルー、ボリビア、チリ、ブラジル、スペイン、モロッコ、ケニア、インド、グァテマラ、コスタリカ…。彼と話した数分間で登場した国々は世界を一周している。バングラデシュもあったかな。
福岡市東区千早にある自家焙煎珈琲店「BASKING COFFEE」の店主である榎原圭太さん(34)は、20代前半から半ばにかけ、バックパッカーとして世界を放浪している。こんな旅を経験した人はギラギラした目つきで日焼けした肌なんてイメージが僕にはあるのだが、彼の風貌はとてもスマートで涼しげで、淡々と話をするのがとても心地いい。世界への旅は特に大きな目的があったわけではなく、ただいろんな世界を見てみたいという好奇心だけで旅立ったという。多くの人たちと出会い、様々な風景に魅了され、時には旅先のビーチで野宿をしながら過ごしてゆく。この好奇心と行動力が今のお店の大きな土台になっている。
帰国してから彼はふと、自家焙煎珈琲の職人なんていいなあとひらめく。散歩していた香椎の町でとてもいい珈琲の香りが漂っていたのだ。小さなひらめき、出来事がその人の人生を大きく動かしはじめることもある。彼は市内の珈琲店をくまなく巡ることからはじめ、とある珈琲店で働きはじめる。この行動の素早さも世界を巡りながら培った「どこででもどうにでも生きていける」という感覚からなのかもしれない。
その珈琲店で2年半働き、珈琲の知識、経験も豊富になったところで、彼は独立を考えながら珈琲の農園を実際に見てみたいと思い始める。まず目を向けたのは珈琲の産地として名高いグァテマラ(どの辺にあるのか僕は分からないのだけど)だ。ネットで調べたいくつかの農園にメールを何通も送り返事を待つ。そしてとある農園からぜひうちに来いという返事をもらいすぐさま出発。世界を巡っていた彼にとってグァテマラに行くことくらいたやすい事なのだ。かつてのバックパッカーの血が騒ぎはじめ、ここからコーヒートラベラーとしての人生がはじまってゆく。
実際にグァテマラの高地で珈琲が育てられる現場を見た彼は、その大規模で美しい農園に感動し、それからは自分で豆を買い付けに行くことを視野に入れながら農園を巡り始める。
「旅をしながらお店が持てるなんて幸せだ。農園は楽園だ!」
その後コスタリカにも出向き(ここもどの辺か僕には分からない)、そこで知り合った日本人の方に一カ月もの間お世話になりながら、なんと珈琲農園を紹介していただくことにつながってゆく。コーヒートラベラーとしての本領発揮だ。
2014年にオープンした彼のお店には、年に一度買い付けに行っているというコスタリカの豆がある。店内には独学で習得した焙煎による豆をプレスで淹れた珈琲の香りが漂う。淡く青いガラスからの光がお店の片隅の席を包み込む。ふとここが外国の空港でのトランジットの時間のように思えてくる。あの心ときめく胸騒ぎの時間、かといってどこかあやふやで不安定な時間。周辺には異国的な植物がズラリと並んで植えられ、目の前の広い道路は滑走路のようにまっすぐ横切る。ここはどこか遠い国の空港のようだ。
「農園の方から直接聞いた話をここでお客さんに僕が伝えるって、考えてみれば素晴らしいことですよね」
と彼は相変わらず涼しい笑顔で話す。ここは様々な国と国をコーヒートラベラーがつないでいる空間、トランジットな場所なのだ。
榎原圭太
エノハラ ケイタ
1984年生まれ。
コーヒートラベラー。
自家焙煎珈琲店「BASKING COFFEE」店主。
813-0044
福岡市東区千早4-10-1 リングローブ1F
10:00~19:00 木曜定休
℡ 092-682-5515
最後に僕が彼の話を聞きながらイメージした風景。
「SKY WINDOW」 朝焼けに輝くアメリカ上空。